つい数ヶ月前、話題になっていたリストの難曲「ラ・カンパネラ」を弾いたと話題のおじさん。本業は海苔漁師の徳永義昭さんと言う方です。年齢59歳。
よく「天才なんとか」「奇跡のなんとか」というフレーズは巷に溢れかえっていたのでそれほど興味は持っていませんでした。
なので世間から少々遅れて今更ながら動画を見て「このおじさんすごい!」となったわけです。
どういうおじさんかと一言で言うと
パチンコ三昧でとうとう奥さんの財布からも軍資金をくすねるまでに至った 52歳のおっさんが、ピアノ経験ゼロにも関わらず無謀にもリストの難曲「ラ・カンパネラ」に独学で挑んで、本当に弾けるようになっちゃった。
こんなことが本の帯にこう書かれてあっても「これマンガだよね?」と思うような内容。
カンパネラ経験者の私からもこのおじさんの凄さを伝えたい
一応私もカンパネラは弾いたことがあります。私は楽譜が読めますので、当然練習方法は普通に楽譜を目の前に置いて音符を読んでコツコツ練習するだけです。
しかしこの徳永さんは当然楽譜読めないので、動画投稿サイトで一音一音指に覚えこませながら練習したそう。
これを見ながら練習されたようで。これを見ながら1音づつ指に覚え込ませていこうと思う所がまずすごい。このピコピコの数を見ても怯まない所もすごいし、最初取りかかってから「本当にこんなやり方でいいのかな?」と立ち止まらずに最後まで行ったのもすごい。
そして取り組み始めたのは52歳とのことですが、当然老眼であるとも考えられますし目も疲れただろうと思います。
そして私がとても疑問だったの腱鞘炎です。
どんなに情熱があっても、仮に時間があったとしても、訓練されてない指が毎日8時間の練習に物理的に耐えられるとは思えませんでした。しかも自己流だし。
「最初は指が黒鍵と黒鍵の間に挟まってしまって、自分流の押さえ方でやってました。途中、けんしょう炎になって、もう痛くてたまらなくて、毎晩湿布をしていました」
ですよね。
私も腱鞘炎になったことあるのでわかりますが、本当に痛いんです。黙っていても熱を持ってズキズキと断続的に痛みが続く。それと同時に「治らなかったらどうしよう」という不安もあるのでとても怖くて私の場合は治るまで弾けませんでした。
私は過去に徳永さんのようなモリモリとした腕と手をした50代の男性を教えたことがあります。その方は農家の方で力仕事をしていましたので、筋肉隆々でした。
長年の農作業で培われてきた筋肉はピアノを弾くための筋肉とは別物です。
かえってその筋肉はピアノを弾くための動きの邪魔になります。
太い腕に太い指。
さぞ大きな音が鳴るんだろうと思いきや、か細い音で「ドレミファソ」をゆっくり弾いたあと、その方は「手が痛いです」と言いました。
勝手な推測ですが、この徳永さんも同じように最初からすごく痛かったんじゃないかなぁと。
こんなこと言っては失礼なんですが、要は無謀で滅茶苦茶なんですよ。
それでもこのやり方で毎日8時間を7年間やり続けた。
計算すると
8(1日の時間)×365(1年の日数)×7(年数)=20,440
20,440時間!
徳永さんがここまで情熱を注げたのはカンパネラで一躍有名になったフジコ・ヘミングさんの演奏を聴いてからなのですが、その世界的ピアニストのフジコさんも「ピアノ弾けない方がここまで弾けるなんて夢にも思わなかった」と番組で仰っていましたが、これはリップサービスでもなんでもなく、本当に「とんでもないこと」です。
ただただ唖然としました。
徳永さんの弾き方を見ていて面白いなぁと思ったのは「全ての音を同等にきちんと拾っている」というところでした。
普通は「主役の音」と「そうじゃない音」と、ある程度ピアノやっている人なら区別して弾くし、おそらくレッスンを受けている方もそのように教わると思うんですね。
そうなると「主役じゃない音」が疎かになっていったり、適当になったりしていくのですが(ピアニストはそんなことはありません)、そういう「あるある」が無い。
これは「ピコピコ練習」の賜物なんだなぁと思いました。
あともう一つ大事なことは「体力」です。
カンパネラの様に難しい曲は集中力を使います。
集中力って体力使います。
単純に30センチ以上離れた場所の高速移動での往復で、しかも着地点が黒鍵とかで、すごく狭い。
飛んでいるものが着地する面積が狭いとすごく神経使うと思うんですが、あれと同じ。
ヘリコプターとか。
ちょっと例え違うかな。
新体操の平均台とか。あれは幅10㎝だそうです。
それを毎日毎日8時間・・・7年間・・・
ただただ脱帽です。
驚きと共に感銘を受けました。
徳永さんの演奏を聴いている時のフジコさんの真剣で暖かな眼差しは印象的でした。
フジコさんの演奏に感銘を受けている方はたくさんいると思います。
そしてファンも多いと思いますし、賛辞の言葉もメッセージも沢山受け取っていると思います。
ただ、徳永さんの様に「その強い思いだけでピアノに触れたこともない人間が、圧倒的な情熱と努力量でもって、言葉ではなくピアノで伝えた」
私はここにグッときました。